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邪馬台国論争に終止符!?
 卑弥呼の邪馬台国
  小泉芳孝 
徐福の蓬莱山「徳之島」は、
  400年後「邪馬台国」となった!!

徐福は、中国の秦の時代(紀元前3世紀頃)の方士(学者)であった。
 司馬遷の『史記』によると、徐福は秦の始皇帝に「東方の三神山に長生不老(不老不死)の霊薬がある…」と具申し、3,000人の童男童女と百工(百人の技術者)を従え、五穀の種を持って、東方の蓬莱山を目指してに船出した。そして平原広沢(広い平野と湿地)を得て王となり戻らなかったと記述されている。この最初にたどり着いた場所が「徳之島」であり不老長寿の大海の島だったのである。そして、そのおよそ400年後に『魏志倭人伝』に記されている「大海の中の島」卑弥呼の邪馬台国が「徳之島」に誕生したのである。


■2012年7月1日から「竹取翁博物館」で「邪馬台国論争に終止符!?」展を開催しています。

「邪馬台国」徳之島の航空写真


竹取翁博物館
場所:〒610-0313京都府京田辺市三山木直田10 代表者小泉芳孝
  JR片町線「JR三山木駅」東へ徒歩3分
  近鉄京都線「三山木駅」東へ徒歩2分 Mail koiy@leto.eonet.ne.jp
  
TEL・FAX 0774-62-2522 携帯 090−6961−9391
  HP http://taketori.koiyk.com/
     
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